事例紹介

診療所のM&A・第三者承継/のれん代よりも大切なものがある

30年間、夫婦二人三脚で地域に根差した医療を提供してきた。

D先生が開業したのは、いまから30年前。駅前の好立地にテナントを借り、奥様が受付を仕切って、たくさんの人に支えられながら、夫婦二人三脚で、これまで地域に根差した医療を提供してこられました。

ある日、ご夫婦そろって「相談がある」と言われました。

実は、最近、体力の限界を感じている。今のピッチで何年も診療を続けるのは困難だ。後継者もいないし、患者やスタッフのことを考えると、少しずつ縮小していくことも考えたい。

先生にしては珍しく弱気な発言でした。
  • 病院・診療所・歯科
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閉院に向けたフェイドアウトが難しい

…先生にしては珍しく弱気な発言でした。

居住まいを正した野口に、D先生は一言一言噛みしめるように語られました。

最近、診療後の疲れが抜けきらず、しんどさを感じている。開業以来、休みの日にも患者さんのことや診察が頭から離れない。そんな生活を30年、続けてきた。

幸い借入もないし、老後の貯えもなんとか確保できたと思う。贅沢さえしなければ、この先なんとかやっていけるだろう。

気になるのは、患者さんやスタッフのことだが、いきなり閉院はできないだろうから、年数をかけて少しずつフェイドアウトしていくしかない。しかし、考えてみると、これがなかなか難しい…。

恐らく、もう何度も話し合いをされたのでしょう。奥様は先生の話を黙って聞いておられます。

野口は、しばらく言葉が出ませんでした。

閉院してしまうのは、あまりにも忍びない

いつもポジティブで、患者さんもスタッフも自然と笑顔になってしまうようなお人柄のD先生です。

いまでも診療所の待合室は患者さんで一杯。お昼も満足に食べられない日があると聞いたこともあります。

これほど疲れを感じておられることに、なぜもっと早く気づけなかったのだろうかと自問しました。

野口は口を開きました。「よくよく思案しなければなりませんが・・・」

前置きしたうえで、「第三者への承継という選択肢は、ないでしょうか」と尋ねました。

閉院ともなれば、確か契約書では、数か月前に家主に申し出て、スケルトンにすることになっていたはずです。閉院の日を決めるのか、診察日数を減らしながら徐々にフェイドアウトしていくのか、いずれにしても収支のバランスを取りながらの舵取りは簡単ではありません。

何より、この立地とこの患者数、このスタッフ…一朝一夕で成るものではありません。ご夫婦で、人生をかけて創り上げてきたものです。

閉院してしまうのは、あまりにも忍びない。そんな思いが、野口の中にありました。

ノンネームで候補者を探索

先生は第三者への承継という選択肢は考えておられなかったようで、「現実的に難しいのではないか」とかなり懐疑的でした。「M&Aということですね」と奥様からも言われました。

確かに、お互いにタイミングが合うか、相性が合うか、という問題はあります。それでも昔に比べれば、第三者承継はかなり一般的になってきています。

幸いにも、診療所は医療法人成りをされていました。事業承継のスキームも組みやすい状況にあります。

D先生は奥様と目配せしました。「もし可能なら、それも選択肢かもしれないな」

患者さんやスタッフが困らないようにということが、なによりも大きかったようです。

「選択肢の一つ」という前提でM&Aを検討、まずはノンネームで候補者を探索することになりました。

「のれん代」よりも大切なものがある

先生から提示された条件は、「のれん代よりも大切なものがある」ということでした。

退職金などは医療法人に蓄えられた財産から支払う。患者数が多いからと言って、高額なのれん代を上乗せすることは望まない。後継者のドクターが十分に採算があうと安心してもらえる金額を設定してほしい。

野口は「本当にそれでいいのですか」と何度も尋ねましたが、「その替わり、患者さんや希望するスタッフはきちんと引き継いでほしい」とのご希望でした。

数か月後、候補者が2名現れました。条件としては破格の条件です。しかし、開業のタイミングが合わなかったり、最初からこれだけの患者さんを診るのは自信がないなど条件が合わず、物別れに終わりました。

先生も諦めかけていた頃、3人目の候補者が現れました。しかも以前、診療所で代診をされていた先生でした。ごく僅かな期間でしたが面識があったことも幸いし、話は前向きに進みました。

「のれん代よりも大切なものがある」とは言っても、実際に交渉を進めるとなると、一定の根拠を提示したり、様々な条件をすり合わせていく必要があります。

この条件の骨格を決めることを「基本合意」と呼んでいます。

仮に面識があっても、この基本合意を当事者同士で行うことは困難ですし、後々「話が違う」ということにもなりかねません。

M&Aで必要となる財務的な余力

野口はM&Aの専門チームと連携し、弁護士によるリーガルチェックや税理士による売買スキームの検証なども踏まえて、今回の第三者承継をサポートしていきました。

最初にご相談いただいた時から約2年、正直、ここまで順調に進むとは思っていなかったほど理想的な形で、第三者継承が完了しました。

スタッフも引き継がれ、新理事長のたっての希望で、半年間はD先生も週に2回診察に入られることになりました。患者の引継ぎという意味と、経営については初めてのことで不安があったためです。

第三者承継は、いざ具体的なプロセスに入ると、予想もつかなかった事態に直面して空中分解してしまうことも十分あり得ます。

しかし今回のケースでは、D先生も承継されたドクターも、お互いに相手の立場を考えて譲り合い、重なり合う期間があったからこそ、スムーズに承継が進みました。


第三者承継の難しさは、数か月でもタイミングが合わなければ、話は流れてしまうということです。当然、早めに行動を開始することで選択肢が広がるのですが、そのために欠かせないのは「財務的な余力」です。

D先生は余裕があったからこそ、後継者の先生に気持ちよく、感謝しながら引き継ぎを進めることができました。後継者の先生も、事業収支に安心感があったからこそ、D先生の気持ちを大切にし、感謝しながら引き継ぐことができました。

全てが理想どおりには進まないかもしれません。

しかし、事業承継やM&Aは、単に交渉が成立すればよいということではなく、譲り渡し側も譲り受け側もお互いに報われるためにはどうあればよいのか、ここに、私たちのご支援の在り方があるのだと野口は使命感を新たにしました。

本事例は掲載時点の情報に基づき、一般的な内容をご紹介したものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。

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